研修医宿題
多汗症について
山田 圭吾
【概念】
局所性多汗症のうち脳幹や前頭葉の病変、パーキンソン病の初期などの症候性のものを除いた大部分が本態性多汗症(essential hyperhidrosis、以下多汗症)である。非常に多量の汗が対称性に顔面、腋窩、外陰、手掌、足底などに見られる。本症患者の特徴を挙げると、手掌、足底は多汗のため浸潤していて冷たい。発汗は精神的緊張、局所の刺激などによって誘発される。発汗量が多いと手をつなげない、書字時に紙が濡れて字が書けない、ピアノが弾けない、車のハンドルが滑る、キーボードが濡れて困るなどがある。対人関係、学業、職場などで引け目を感じており、社会生活に著しい支障を来すことがある。生命予後には全く影響はない。
【病因】
器質的には全く異常を認めず、原因は不明である。
【疫学】
多くの患者は多汗症状を思春期に経験するが、小児から老人まで年齢分布は広い。白人より日本人に多く、南方でより多い。しばしば家族性に発生する。
【診断】
本性の診断はその臨床像から容易であり、問診のみで十分である。安静時に精神性発汗の起こる手掌、足底などの多汗の確認と多汗をもたらす疾患を除外できることによる。異常発汗を来す疾患として下垂体、副腎、甲状腺などの内分泌疾患、RSD、自律神経失調状態などがあげられるが、これらは発汗以外にもさまざまな症状を伴っているので鑑別は容易である。
【治療】
1)自律神経調整剤の内服
2)自律神経訓練法
3)止汗剤(アルミニューム製剤等)塗布
4)イオントフォレーシス(てのひらを溶液に浸し我慢できる範囲内でてのひらに電流を流す方法であるが、効果が短時間のため毎日繰り返し通院する必要がある)
5)星状神経節ブロック、交感神経節ブロック
6)胸腔鏡下交感神経切除術
7)胸腔鏡下胸部交感神経遮断術
【胸腔鏡下胸部交感神経遮断術】
全身麻酔、分離肺換気下で行なう。手術体位は、半座位かつ両上肢挙上位で行う。これにより、術中の体位の変換を行なうことなく、両側の交感神経遮断を行なうことが可能となる。女性の場合は、両側乳房を外側より胸骨側に持ち上げ、エラテックステープで固定させてから、できるだけ乳房から離れた部位、第3肋間中腋窩線上より、約8mmの皮膚切開をおき、reject scopeを挿入する。
胸部交感神経幹と神経節は、胸椎外側で肋骨頚部付近の壁側胸膜下を縦走する索状物として透視することが出来る。胸腔内で確認される最上位の肋骨は第2肋骨であるとされるが、X線透視下に確認を行えば、交感神経の上端切離部位の決定、合併症の予防にもなると思われる。通常、第3と第4肋骨上で交感神経幹を確認し、それぞれの肋骨上縁レベルでローラー型の電気メスを用いて交感神経幹を焼灼、切離する。交感神経幹は、プツンと弾けるように切断される。止血の確認後、右肺を持続的にinfateしながら、scopeの側孔より脱気を行いながらreject scopeを抜去する。胸腔ドレーンは通常留置しない。引き続き反対側の手術を同様に行う。合併症としては、胸腔鏡下手術の手術技法に起因するものと、交感神経遮断に起因するものとに分けられる。前者に属するのは、気胸、血胸、創部痛など一過性のもので、その頻度も通常の胸腔鏡下手術と同じ程度かあるいは少ない。後者に属する代表的なものとしては、代償性発汗があげられる。これは除神経されていない躯幹、背部、大腿部の発汗が代償として増加する現象で、術後45~90%の頻度で発生する。これに関しては、術前に患者さんに十分なインフォームドコンセントを行なう必要があると思われる。また、星状神経節上部の遮断によって生じるホルネル症候群があるが、これは第1交感神経節の上3分の1の部位における節前繊維の切断によって起こる。上眼瞼下垂、眼球陥没、縮瞳、眼瞼開裂不全などの症状をきたし、回復しないといわれており、絶対に避けるべき合併症の一つである。
September 10, 2002
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